見上げた先の真っ青な空には、雲ひとつ無く
見えぬ風の動きを感じるとるように
長く伸ばした髪が大きくなびいた。
まるで、あなたの逝く先に流れていくかのような、錯覚に落ちる。
サ イ ハ テ
「よく晴れたね」
優しい声が頭上から聞こえ、振り返らなくても兄さんがそこに来たのがわかった。
座り込んでなにとなく宙を見つめていた目を少し傾け、空を見た。
「・・・うん」
兄さんの言葉通り、空は嘘みたいな晴天で。
小さく頷いた。
「綺麗な、青。・・・俺、好きだな」
隣りまで静かに歩み、眩しい光に右手をかざし空を見上げる兄さん。
今日はいつもの白い服ではなくて、真っ黒な服に身を包んでいる。
きちんとネクタイを結び、胸元のポケットには青色の薔薇のコサージュが控えめに色づいていた。
「・・・・・・マスターも好きって、言ってた」
空の青。
兄さんの青。
私の青になりきれない、青も。
みんなみんな、笑顔で愛情を向けてくれた。
「そうだね」
隣りしゃがみながら、兄さんが小さく微笑んだ。
苦笑に近い、寂しい笑顔。
私はその青から、視線を落とす。
「マスターは・・・何処へいくの・・・?」
「・・・・・・彼方、かな」
ぽつりと零れ落ちるような小さな私の声に、兄さんは少し考えてから静かに言った。
その言葉は十分に私を惹きつけて、そこで私は初めて兄さんに向いた。
「・・彼方・・・・・・?」
「・・・そう、彼方。俺たちの進めない扉の先にある、世界」
私達の進めない扉の先・・・。
マスター、・・・はその扉の先に行ってしまったの?
私達を置いて行ってしまうの?
私達に教えてくれた歌はマスターなしにどこへいっていしまうの?
ねぇ、ねぇ、マスター。
私に出来るのはこれだけなの。
「そこに、歌は届く?」
私の言葉に兄さんは少し目を丸くしてから、ふっと細めた。
そしてゆっくりと私の頭を撫でてから、首を傾げながら届くよと言った。
青い空を駆け抜けていく風が、二人の髪を揺らす。
こんな輝かしい日に似合わない真っ黒なスカートも、ひらひらとなびいた。
その黒はマスターとの別れを決定的に思わせているのに、どうしてか、綺麗で綺麗で。
今日という日に、ぴったりだった。
「・・・・・・。・・・だったら、私・・・歌うね」
マスターに教えてもらった旋律を、
マスターに褒めてもらったこの声で、
マスターが好きだといったこの歌を。
「ミクらしいよ」
兄さんは笑った。
優しく、優しく。
こんなにも兄さんを、大きく感じたのは初めてだった。
私は、歌います。
そこに届くように。
マスターのいる扉の先へと響くように。
「マスターにいつかまた出会えますように、私は」
祈っています。
マスターが好きでした。
大好きでした。
私の心の中を紅く色づけていくようなの存在が、
今でも褪せることなく、私の中を染めています。
。
あなたがマスターで私は本当に幸せでした。
本当に、本当に、・・・幸せでした。
あぁ、たぶん、これは、恋だったんです。
とても優しくて、穏やかで、たおやかな
恋でした。
「さよなら」
サ イ ハ テ
08.02.11
by sm2053548