『犬ちゃん・・・!!大丈夫!?痛い?痛いよね・・・』
――俺は、大丈夫・・だよ。
泣きそうな顔で、俺の手を握りしめる両手が震えていた。
『ほら、明日になったら実験だって終わって、皆で外で遊べるかも!だから、笑って、ね?』
――うん、・・・だよな!
その笑顔はどんなに絶望的な明日にも、光をくれた。
『いやだぁぁ・・・!!犬ちゃんを離してぇ、犬ちゃんに痛いことしちゃダメェェ!!』
――大丈夫だからっ・・・!!すぐ戻ってくるから、反抗するなって!
泣き叫んで当人以上に反抗するお前は、必死で俺を守ろうとしてくれた。
『・・・私がいるよ、ずっとずっと。だから絶対、幸せな時間を一緒に過ごそう、ね。約束だよ・・・犬ちゃん!』
――あぁ、約束だからな、!
それは俺達が自由を手に入れる3日前。
交わした約束は、果たされたのか・・・果たされなかったのか。
どちらとも言えないその答えを、俺は早く・・・聞いてみたいんだ。
「早く思い出せよ・・・」
そして、もう一度、君と!P9
「犬、遅い」
―ドゴッ
「!?」
鋭い肘鉄の一撃を受け、飛び上がった犬。
抱えていた私を落とすことはなかったが、傷みに耐え兼ねてそっと地に下ろした。
とは言え、嫌だ嫌だと言っているうちに、黒曜センターの建物内まで、犬に抱き抱えられたまま進んでしまったのだが。
犬に一撃を食らわした青年は、白いニット帽を深く被り、眼鏡で隠された素顔は無表情を称えていた。
「いってぇぇ!?柿ピーてめぇ、何すんらびょん!!頭陥没したらどうするんら!?」
「はぁ・・・うるさい。犬が遅いから苛々しただけ」
「んらとぉ!?」
「あ、あああの!」
くるりと背を向けて、歩き出そうとする後ろ姿に、思わず声を掛けていた。
話し掛けずにはいられなくて、声は口を付いて出ていた。
いや、その、本当に何も考えてないんだけど、ついね・・・!
「・・・・・・なに」
「いやっ、その、あの・・・っ!」
「どうしたんら、?」
「・・・・・あの・・・」
振り向いた青年は、無表情のまま私を見つめていたが、不意にふっと小さく微笑んだ。
「おかえり、」
そしてすぐに前を向き直して歩き出してしまう。
猫背気味な背中。
― パンッ
あぁ、まただ。
「・・・ち、くさ・・・」
犬の時と同じ現象。
名前なんて知らないのに。
すんなりと口から滑り落ちた言葉を、私は確実に彼の物だと理解している。
彼の微笑みが、私の心の何かを癒すように染み渡った。
「うっへぇ、めっずらしー!柿ピーが笑うとこなんてレアだぜ、レア!」
犬の声にハッと我に返ると、千種の後を歩き出した。
早足に歩いて行く後ろ姿が妙に懐かしい。
・・・・・・懐か、しい・・・?
「?どうしたんら?」
「・・・ん!?何でもないよ」
「・・・早く歩いて。骸様が待ってる」
前方から聞こえた千種の淡々とした声に、犬はビクッと肩を跳びはねさせた。
それと同時に私の身体ももピクリと震える。
「む・・・骸さん、怒ってるかなー?」
「さぁ」
「柿ピーつめてぇ!!」
「・・・・・・六道、骸・・・」
歩み進める足を止めそうになるのをぐっと堪えて、下を俯いた。
先程見えた、暗い廊下の先の扉・・・その向こうに、きっと骸はいる・・・。
そこで全てがわかる。
恐いのに、不安なのに、訳がわからならないのに・・・
待ち焦がれていたように高鳴るこの胸は、いったい誰の物・・・?
「ディーノ・・・武、隼人、・・・ツナ・・・」
小さく小さく、呟いた。
もしくは声になんて・・・出ていなかったのかもしれない。
―キィィ・・・
千種が錆びれかけた扉の取っ手に手をかけ、ゆっくりと引いた。
金具が軋む音と共に、廊下より若干明るい室内が目に映しだされ、反射的に中の人影を伺う。
―ドクン、ドクン。
恐い・・・恐いよ・・・!
「待っていましたよ、」
―ドクンッ!
ピシリと身体中に戦慄が走り、視線はしっかりと六道骸と絡んでいた。
ソファに腰掛け、両膝についた腕を顎の下で組み、赤と青の目が私を・・・射抜いている。
「・・・・・・っ」
「クフフ。さぁ、こちらへ」
優しく目を細めた骸に促されるまま、室内に足を踏み込む。
私の後に犬と千種が入って来るのがわかった。
ゆっくりとした足取りで骸の前へと歩み寄れば、どうぞと骸の座っているソファと相向かいに置かれたソファを勧められた。
「・・・どうも」
まぁ、勧められたのだし、座らなければとソファに腰掛ける。
骸はそれをただただ嬉しそうに眺めていた。
小さな沈黙が流れる。
「・・・さて、どこから始めましょうか?」
「どこから・・・」
先に口火を切ったのは骸。
その言葉を繰り返すも、私の中で聞きたかったことはもう決まっている。
・・・まずは端的に聞きたいんだ。
説明も理由もいきさつも後から着いてくる。
すぅっと静かに息を吸うと、真っ直ぐに聞いた。
「私は・・・誰なの?」
骸は表情を変えない。
こんなおかしな質問も今は的を得ていると言えるから。
「貴女は、。極度の高所恐怖の持ち主で、それを植え付けられたのは、僕の知っていて貴女の覚えていない・・・過去の出来事が、原因」
「・・・・・・」
「僕等を守るために傷付き、僕等のことを最大限に傷付けた・・・飛べない堕天使」
「・・・・・・」
「そして、とても近くにいて、とても遠くへ行ってしまった・・・唯一の光」
「・・・・・・」
わからない。
骸の言っていることはとても遠回りで、ぐるぐると渦を巻くように核心に迫ってくるよう。
眉間に皺を寄せ、いつの間にか怪訝そうに骸を見つめてしまっていたらしい・・・、骸は「そんな顔しないでください」と笑んだ。
「そうですね、焦らすのは・・・このくらいにしましょうか」
骸の左隣に犬がしゃがみ込み、右後ろに千種が立った。
3人のシルエットがとても嵌まっていて、とても自然で・・・彼らの過ごして来た時間の流さを感じさせられる。
「は・・・僕等の仲間・・・。・・・エストラーネオファミリーを生き抜き、自由を誓った僕等の仲間でした」
―・・・エストラーネオファミリー・・・?
・・・仲間?
「な・・何を、言って・・・っ」
エストラーネオファミリーと言えば、禁忌とされる憑依弾を開発し・・・激しい迫害を受けた後、
何者かの手に寄って壊滅させられたという・・・いわくつきのファミリーだと聞いた。
私がそのファミリーを・・・生き残った・・・?
わけがわからない・・・!
だって、だって私は、ボンゴレファミリーの一員で、ディーノと一緒に生きて来たんで・・・っ。
「じょ、冗談、言わないでよ・・・!私がいくら過去を覚えていないからって・・・それは、笑えないっ」
思わず荒いだ私の声に、怒る者も、冗談だと笑う者も、いなかった。
ただ、3人は悲しそうに私を見つめる。
「・・・僕達だってわかりません。あなたが本当に、僕達の仲間だったなのか・・・。
記憶のない君を、僕達のことを見つめるその冷たい目を・・・あのだと思うことが完全にできない」
微かに低くした声で、骸は淡々と続けた。
その様子には嘘の色も、ましてや冗談を言っている様子も見られない。
それがさらに私を追い詰める。
「しかし、確信はあります。・・・・・・そうですね、ここからはあなたの知らない過去の話をしましょうか。
信じられないのであれば、他人の事だと思えばいい。だが僕が話すことは全て真実です、それを疑われてもどうすることもできない」
・・・あぁ、この人達は本気だ。
私はそれを受け止めて、この話を聞かなければいけない。
たとえ信じることができなくても・・・、たとえ今の私が・・崩れてしまったとしても。
私は、小さく、頷いた。
「なんだよ、それっ!!」
気付いた時には走り出していた。
運動神経の悪さがなんだよ、そんなこと、今構ってる暇はないんだ!!
足が縺れて転びそうになっても、息が上がって苦しくても、走るのを止めなかった。
『これは極秘事項だ、誰にも口外はしないでくれ。
・・・・・・は、・・・はエストラーネオファミリーの者だったんだ』
ディーノの言葉が頭の中で復唱される。
ガンガンと響き、エコーして、何度も何度も。
だって、だってちゃんは・・・!!
言っていたじゃないか、ボンゴレファミリーの幹部だと、俺を護ると・・・!
なのに、なのに・・・!
ツナは走りながら、首を左右に振った。
邪魔な思案を振り払うように。
「そうだよ・・・今はちゃんを探し出さなきゃ・・・!どうか・・・無事でいてっ・・・!!」
真っ直ぐに前を向き、駆ける足のスピードを少し上げた。
目指すのは、唯一の心辺りのある黒曜ヘルシーセンター・・・。
「くそっ!信じられっかよ!!そんな話・・・、俺は・・・俺はぜってぇ信じねぇ!!」
『数少ないあのファミリーの生き残り・・・つまり、察しはつくだろう・・・?
は骸達の仲間だった・・・って線が一番強いんだ』
携帯電話を通じて聞こえた跳ね馬の声に、ふざけの色なんて微塵も見えなかった。
信じる他ないと言わんばかりの、緊張感と真剣な口ぶり。
・・・考えていた、最悪の、真実。
「山本の野郎の・・・言う通りだ、なんて・・・っ!!」
もう、何に誰に・・・いらついているかわからない。
ただ、が他の誰かの仲間・・・、ましてや一度は十代目の命を狙った奴らの仲間だったなんて・・・。
眉間に皺を寄せ、いつにも増して人を寄せ付けない雰囲気を放ちながら、獄寺はツナの横を走る。
無言のまま、ただ各々の思案だけがぐるぐると渦巻いた。
「・・・、信じてっからな。お前はボンゴレファミリーってやつなんだろ?・・・俺達の仲間なんだろ?言ったもんな!」
二人の少し前を走りながら、山本は小さく苦笑した。
信じてぇのに、信じてんのに・・・。
こんなにも不安なのはなんでなんだ。
が裏切る?・・・そうじゃない。
心配なのは・・・が離れていっちまうんじゃないか・・・って、たぶんそんな単純なことなんだ。
『には過去の記憶がない。ボンゴレファミリーに入った日以前の記憶が・・・。
だが、わからないんだ。六道達と接触したがどうなるのか・・・、・・・もしかすると・・・取り返しのつかないことになるかもしれない』
取り返しのつかないこと?
そんなことさせるわけねぇよ!!
「待ってろよ・・・!!」
無駄なことを考えたって仕方がない。
今はただ、をこの腕に抱きしめたかった。
『だが、忘れないでくれ。は今、正真正銘のボンゴレファミリー幹部であり・・・お前達の仲間なんだからな。
だから、を頼む!俺も野暮用で日本にいたからな、今そっちに向かっているんだ。が向かった心辺りはあるか?』
自分の言葉にツナ達は、六道骸達に関係があるのなら・・・と“黒曜ヘルシーセンター”と言う廃墟の場所を告げた。
「・・・・・・」
教えてしまって本当によかったのか・・・今となっては後の祭りだが、ディーノは小さく唸った。
詳しくは話していないものの、本人は自分の過去のことをツナ達に知られたくはなかったかもしれない・・・。
それに・・・、
「心配、ないよな。ツナ達なら」
自分に言い聞かせるように呟き、久しぶりに会うに思いを馳せた。
久しぶりの再会が・・・こんな形になるなんてな。
押さえ込んで考えぬようにしていた不安が、じわじわと込み上げ、ディーノは顔をしかめた。
思い出すのは、初めて出会った時のの揺らいだ瞳・・・。
「・・・くそっ!ロマーリオ、もっと飛ばせねぇか!?」
窓の外を十分過ぎる程の速さで流れる風景を、苛々と眺めながらディーノは声を荒げた。
の姿を思えば思う程、気ばかりが焦っていく。
「ボス・・・、今焦ったってどうにもならないぜ」
そんなディーノの様子には冷静さも余裕も見えず、ロマーリオは苦笑しながらも落ち着いた声で言った。
目は真っ直ぐとフロントガラスの向こうを見つめ、器用に運転を続けながら。
「だ、だけど!の記憶がもし・・・」
「それでもが一番に信頼を寄せていたのは・・・ボス。あんただろ」
「・・・!」
「なら大丈夫だ。の強さもボスの強さも、俺達部下が一番よく知っている」
ニッとバックミラー越しにロマーリオが笑うのを見ると、肩の力を抜くようにディーノは大きく息を吐き、
「・・・だな!」
そして、不敵な笑みを凛と浮かべた。
真っ赤な夕日が燃え、町並みを赤く赤く染めていた。
あの時、あの瞬間、あの気持ち。
僕は 俺は
決して忘れないだろう。
君を
失い絶望した この腕に抱きしめた
運命の歯車を回した、あの日。
今日、あの運命を、転化してみせよう。 今日、あの運命を、確実なものへしよう。
僕の手で。 俺の手で。
最後の一人称が二つあるのは、ある二人(わかってもらえるかな…)のそれぞれの独白です。
話が一向に進まないYO!!
申し訳ないっす…。なんだこれ。
それぞれの心境とか細かく書こうとすればするほど長くなる罠。
…気長に読んでやってください…!
それと、こんなグダグダ連載を読み続けてくださっている方、本当にありがとうございます!
2008.2.2
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