物心付いた時に居た場所は、自分の世界の全てになる。


そこにいる大人は絶対的存在で、逃げることなんてできない・・・否、考えることさえできなかった。




狭く、苦しい、私たちの世界。

出口の見えない、真っ暗な道。




それをぶち壊してくれたのは・・・、



























そして、もう一度、君と! P10




























「・・・起きて・・・」


「・・・ん」



重い瞼を開ければ、目の前に広がるのはいつもと変わらない無機質な白い壁。

それから、金色の髪と私を覗き込む丸い瞳が視界を覆った。



「・・・犬、ちゃ・・・?・・・・・・犬ちゃんっ!?」



意識が覚醒するのと同時にピョンッと跳ね起き、目の前の少年と視線を合わせる。

犬はが目を覚ましたことに嬉しそうに笑った。



「犬ちゃん!だ、大丈夫だった・・・!?また痛いことされた?」


「へへ、大丈夫だって!俺、男なんらぜ?全然へーき!」


「・・・!」



犬は威張るように胸を張って言うが、は何かに気付いたのか少し肩を震わせた。

犬の少し呂律の回らない喋り方、それにニッと笑う口から覗く歯に、違和感を感じたのだ。

・・・それが今回の"じっけん"によってされたことだとも・・・。



「・・・、どうしたんら?」


「!・・・な、何でもないよ!犬ちゃんが元気でうれしいの!」


「当たり前ら!俺はすっげー強いからな!」


「・・・うん!」



疲れていたのか、犬は話し終えるとすぐに眠りについてしまった。

小さな白い部屋には十人程度の子供が身を寄せ合って眠っている。

そんな中で一人、部屋の隅に膝を抱えて座っている少年・・・・・・後に骸と名乗る彼がいた。






「ねぇ、寒くない?」



隣りからの声にビクリと肩を跳ねさせてから、少年は固まっていた表情を和らげ首を横に振った。

初めて話しかけた時こそ警戒心剥き出しで、こちらを睨むように見つめいていただけの彼だったが、今ではには心を許すようになっていた。



「皆のところには、来ない?」



その問いに少年は首を縦に振り、膝にまわす腕の力を少し強めた。

はちょっと考えてから、その少年の隣りに寄り添うように座り、同じように膝を抱える。



「そっか。・・・じゃあ私、ここにいてもいい?」



少年は隣に座ったの横顔を目を丸くしてみつめてから、視線を前に戻し一度頷いた。

は嬉しそうに微笑んだ。



「・・・・・今日、犬ちゃんがちゃんと帰ってきたの」



少しの沈黙が流れた後、は抑えた声で話し始めた。

と少年を除いたほかの子供達は眠りについていて、押さえた小さな声でも小さな寝息にまぎれることはなかった。



「すっごく嬉しかったんだ。・・・・・・生きてて、よかった」


「・・・・・・」


「・・・・・・でもね、きっと犬ちゃん・・・痛かった」



喜びに明るかったの声はしゅんと小さく尻つぼみになっていき、最後はほとんど消えかかっていた。

横顔を見れば、の視線は眠る犬に向けられ泣くのを堪えるように細められている。



「・・・・・・、」



思わずに何か言葉をかけたくて開いた口を、そのまま閉じていた。




・・・かける言葉が、みつからなかった。

自分の紡ぎだす言葉に、何の自信も持てない。

そんな中途半端な言葉をにかけるわけにはいかない。





そのままギュッと下唇を噛んだ。




「・・・明日ね、私の番なの」



突然話が変わり、思わず何が?と問いが浮かぶも、・・・すぐに足元から冷えていくような恐怖を感じた。


“じっけん”


何人もの自分達と同じ子供が負傷し、死んでいき、それでも尚続けられる大人たちからの絶対的恐怖。

それの対象になる順番が巡ってきたのだ。



「でも大丈夫っ!だって私強いもん!それに私で成功したらじっけん終わるかもしれないもんね!」



うんうんと頷きながら明るく言うに、素直に強くてすごいな・・・と思った。





でも、気づいてしまったから。





明るい声と裏腹に、小さく震えるの肩に。

ギュウッと握り締められている小さな拳に。


・・・無意識にその手を上から握り締めていた。




「・・・・・・大丈夫、ですよ」


「・・・・え・・?」



きょとんと目を丸くしたに、いつもがしてくれるようなものを目指して・・・ぎこちなく微笑んだ。

にそうしてもらうと、安心できたから。

同じように伝わるといいなと、そう思いを込めた。



「・・・恐いなら・・・僕に、言ってください」


「・・・・・・」


「・・・・・僕はが強いこと、知っています。ちゃんと知っています」


「・・・・・・」


「だから・・・弱音も・・・・言ってください」


「・・・・・・」



ぎこちなくしか紡げないたどたどしい言葉に、だんだんと混乱してきていた。

こんなにも誰かに自分の気持ちを伝えようと、必死に言葉を紡いだのは初めてだったから。

意味のあることを言えたのか、気持ちはちゃんと伝えられたのか・・・自信は既になくなっていた。



「ハナ・・・?」


「・・・あ・・・っ」


「?」


「・・・・・・ありがとう・・・っ!」


「!」



驚いたように丸く見開いていた目を2度3度と瞬かせ、は笑った。

下がった眉と細めた瞳はまるで泣きだしそうで、弧を描いた口元だけで、は笑っていた。


ズキン、と怪我もしていないのに胸が痛む。


の視線はゆっくりと自分から落ちていき、やがて足元をみつめた。

暗く影の落ちる横顔には笑顔の欠片すら見当たらず、まるでではない知らぬ人物のように思えた。




「・・・・・・本当は」



短い沈黙が流れた後、ぽつりとが小さな言葉を零した。

二人の存在を確かめるように重ねていた手はあたたかく、日の光の当たらない無機質なこの部屋での唯一のぬくもりのようだった。

少年は続きを促すように、きゅっと握る手の力を強め、の横顔を見つめる。



「・・・本当は、ね。・・・・・・・恐いよぅ」


「・・・・・っ・・・」



消え入りそうな、いつものからは聞いたことがない弱々しい声と共にはすっかり俯いていた。

まるで弱音を吐くこと自体がとても恐ろしいことだというように。



そこでふと思い出す。

の前回の実験は長く、酷いものだったということを。

実際どんなことが行われたのかは、子供の自分達には教えられずわからないことだったが、実験から帰ってきたを見ればその酷さは痛いほどに伝わってきた。

自分の肩を抱きしめ、ガタガタと震えるを、自分は何もできずに遠くから見ていた。

声をかけることも、震えるその体を抱き締めることも・・・。

全てをに与えたのは自分ではなく、金髪の少年だった。



だけど、



「・・・・



今はできる。

の苦しみを知っているのは自分だけで、言葉を与えられるのも自分だけなのだから――。



「・・・頑張りましたね」


「!」



そっと、の頭を包み込むように抱き締めながら耳元で囁いた。

はビクリと身体を一瞬跳ねさせてから、そのまま抵抗はしない。



「よく、頑張りましたね。・・・は泣いていいんですよ」


「・・・ダメ、だよ・・・私が泣いたら皆が、心配しちゃう・・・不安になっちゃう・・・」


「今は僕しかを見ていません」


「でもっ、私はお姉さんだから、泣い・・たら・・・ダメ、皆を・・守らなきゃ」



ぎゅうっと僕のシャツを握り締める手。

微かに震える肩。

いつも頼もしい大きな存在が、とても弱く・・・愛おしく感じた。



「なら僕が、を守ります」



とん、とが額を寄せたのと同時に小さく嗚咽が聞こえた。

じわりとシャツがあたたかく湿るのを感じて、の髪を優しく撫でる。





おかしかった。

早くこんな所から逃げ出したいのに、こんな毎日から逃げ出したいのに、

今だけは、今だけはずっとこのままでもいいと、思えてしまった。




















「いってくるね!」



が“じっけん”に向かう朝、ここにいる皆が心から心配をして見送る。

は笑顔だった。



、頑張れよ!俺たち待ってるんらからな!」


「うん、頑張るね!犬ちゃん!」



金髪の少年は泣きそうに顔を歪ませていて、は頭を優しく撫でた。

大人の声がを呼び、一瞬にしてその場は緊張と静寂に包まれる。

少し離れたところから見送る僕に向かって口をパクパクと動かして二カッと笑い、は手を振りながら扉の向こうへと姿を消した。






『 あ り が と う 』





が帰ってきたら、また抱きしめよう。

今度はもっとうまく話せるようになろう、もっとのことを知りたい。




また、笑ってほしい。
























この実験は、後に大きな成功と崩壊と終わりと始まりをもたらす結果となった。


しかしそれは後の話であり、実験の結果は




―― 失敗 であった。



























過去編突入です。
途中のまま放置して、一年だってよ!
ちょ、おま・・・

久々に読み返して、なんだか色々考えてしまった。


20090506


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