抱き合って、キスをして、好きだと言って。

幸せな日々がいつまでも続くのだと、

俺は勝手に信じていた。


だって、そうだろ?


お前が俺の前から消えるなんて・・・想像もできやしない。


いや・・・想像なんて、したくもなかったんだ。





























!!おい、何があった!?」



浅い傷が体中のいたるところを包み、少しでも動くことが辛いのか、抱き上げた俺を見つめながらクッと表情を歪めた。

はぁはぁと荒い息を繰り返しながらも、焦点の定まらない瞳が俺を捉えると、小さく笑みを浮かべた。



「アク・・・セル・・・」


・・・。何があった!?誰がこんな・・・!?」


「・・・なんでも、な・・・よ・・・」


「何でもないわけねぇだろっ!?こんなに傷を負ってやがんのに!!」


「あは・・はっ、・・・ちょっと失敗・・・しちゃ・・・った」


「失敗・・?」



今度は苦笑を浮かべるの小さな体を抱きしめながら、なんとも言えない不安が全身を襲った。

感情なんてないはずなのに・・・、こんなにも苦しいのは何故なんだ。



「任務・・・失敗しちゃ・・・ってさ・・・。キーブレードの・・勇者・・・、ソラ達に扉・・・閉められちゃった」


「お前が・・・任務失敗・・?」



視線を逸らし、うん、と頷くはどこか引っかかるところがあって。

第一、は機関の中でも強豪といってもいいほどの力の持ち主だ。

いくらあいつらと言っても・・・負けるなんて。



「・・・・・・。まぁ、いい。傷は多いが・・・浅いようだし、手当てしに行くぜ」


「アクセル、・・・いい」


「・・・は?」



抱き上げようと膝裏と背中に手を回す俺を、弱い力で押し返しながらは苦しそうに言った。

いくら強がりなでも、こんな場面で拒否をするほど俺を頼らない奴じゃない。

いったい・・・どうしたっていうんだ・・?



・・・?おい、何か変だぜ・・・?」


「・・・・・・そう、かな」


「・・・・・・」


「・・・・・・。アクセル・・・あのさ、今まで、ありがと・・・ね」


「・・・は・・・?なっ、何いきなり言い出してんだ!?こんな浅い傷なら命の心配は」


「違うっ!!」



突然大きな声を出し、俺の体を両手で突っぱねた。

そのの表情はあまりに真剣で、俺は一瞬ひるむ。



「違う・・・っ!!違うの・・・アクセル・・・」


「な、何が違うんだ・・・?」


「・・・・・・私、裏切ったの・・・機関を」


「裏切った・・・?」



それなら、俺にだって前科がある。

そこまで追い詰める必要もないだろうに。



「取り返しのつかないことをした。・・・ううん、私の意思だったのだけど・・・」


「・・・取り返しのつかない・・・?」


「ゼムナス様にも、もうばれている・・・こと・・・なの」


「!!」



その時、俺を見つめた目には、何か絶望を感じさせる色があって。

一瞬で体が冷えていくのを感じた。

このままでは、は俺の手の届かないところへといってしまう、そんなわけの分からない予感。



!!大丈夫だから、俺が、俺が何とかしてやる!!」


「アクセル・・・。・・・・・・ありがと。だけど・・・いい」


「なっなんでだよ・・・!?」


「私は死の覚悟をして・・・ここへ戻ってきた。ゼムナス様に会う前にアクセルに会えたのは・・・偶然」



そこでは、痛みに眉間に皺を寄せながら俺の頬にすっと手を伸ばしてきた。

柔らかい掌が俺の頬に当てられ、無意識のうちに俺は自らの手をその上から重ねる。

嬉しそうに笑むは、二人でふざけ合うときに見せる、愛しい表情。



「・・・、何・・言ってんだよ・・・っ」


「・・・よかったの、かな・・・最期にアクセルに会えて。私、素直に嬉しい」


「最期ってなんだよ!?んなこと言うんじゃねぇ!!」


「ふふっ・・・アクセル・・・・ 大好き、だよ 」




あぁ。


嫌だな。


本当に嫌だ。



俺は心のどこかでが離れていってしまうことを確信している。

にどんな言葉をかけたらいいか、言い残したことはないかなんて・・・考え始めている。


それと同時に、どうやってを救い出そうか必死に模索しているなんて・・・矛盾だ。




・・・馬鹿なこと言うんじゃねぇよ!!行くぞ、ほら、とりあえずここを出る・・・ぞ・・・」










「愚か者が」













一瞬だった。



その圧倒的な気迫に押された。









「ゼムナス・・・!!」









声を荒げ、まるで大敵を見るようにゼムナスを睨みつけた。

その間には俺の手を離れ、ふらりと立ち上がる。




「ゼムナス・・・様っ」


!?・・・おい、待て」


、覚悟は出来ているようだな」


「・・・・・・はい。そこまでの・・大罪を犯したことを・・・自覚しております」


「ならば話は早い。その存在の消滅を以って、罪を償い、裏切り者の末路を知らしめる模範となるがよい」




シュンッとゼムナスの手にはゼムナスの武器であるエアリアルブレードが出現する。

遣り取りをただ呆然と眺めていた俺も、それには目を見開き我に返った。

両手に深紅のチャクラムを握り締め、の前に立ちふさがる。



「待て!!が何をしたかなんて知らないが、を消しても何の意味もないだろうが!!」


「ほぉう。私に楯突くというのか・・・g[アクセルよ」


「アクセル・・・!!何をやってるの・・・!!」



後ろから、はぁはぁと荒い息遣いと共にの怒声が聞こえた。

ゼムナスを相手にするなんて恐ろしくないと言えば嘘になる。

・・・だがを、失うわけには・・いかない。



「へっ・・・!上等だ!が消滅するくらいならな、俺は機関にだって歯向かってやんよっ!!」


「ふん。大した勇者気取りだな、アクセル。貴様も女には弱いということか・・・笑わせてくれる」


「っるせぇ!!こいつは別なんだ!!」


「アク・・・セル・・・、やめて」



「ならば、望み通り貴様から無にしてくれる。愚弄者め!!」




ゼムナスが走り出すのと同時に、グッとチャクラムを構えた。

だから気づかなかったんだ。

あの時のの行動に・・・。








― ザッ!!







「・・・っ・・・ぅ!!」



「な・・・!?」






俺よりも前・・・ゼムナスの前へ飛び出した

当然、斬られたのはの体で。


絶大な勢いに受身もせずに吹っ飛ばされたの体が、後方の俺に飛び込んできて。


俺はの体を抱えたまま無様にも倒れこんだ。



訳が、わからない。




「・・・が・・はっ・・・!!・・・・・・うっ・・・」


「な・・・っ・・・な、な、」




を抱えたまま、上手く声が出ない。

斬られた箇所から血こそ流れ出ないものの、コートは無残に破れていた。





「・・・ふん。手間が省けたな。・・・アクセル、貴様は少々言動を慎む必要がある。無い感情に振り回されるな」




まるで、ごみでも見据えるような視線を送ると、ゼムナスは踵を返した。

反論することも、ましてや追いかけることも出来ず、ゼムナスの背は廊下の果てに消えた。




「・・・お、・・・おい、・・・・・・?」


「・・・・・・っ」



喉がからからとして、引きつったように声が上手く出せない。

なんとか腕の中でぐったりとする少女の名前を呼んでも、それが全く現実味を帯びていない。

ただただスクリーンの向こう側の第三者になろうと頭が回る。



「・・・・・・アク・・・・・セ・・・ッ」



薄っすらと開かれた瞳は、ちらちらと光が見え隠れしていて。

嫌な汗がの額に、そして俺の背を流れ落ちた。

懸命にが俺の名を呼んでくれたことに気づくのに少々時間がかかった。



・・・っ、・・!!!」



なんだよ、これ。

何が起きているんだ?

どうしてこんなにも息が苦しいんだ、頭が回らないんだ・・・!!



「ひ・・・どい・・・・・・顔」



苦しい中で笑うが痛々しくて。

俺は何度も何度もの名を呼んだ。


離れていく、存在を引き止めたくて、途切れさせたくなくて。



「・・・、今、助けてやるから、な・・・今、すぐっ・・・」


「・・・・・・」



頭の中が混乱して混乱して、何を口走っているのかもわからない。




「ア・・・クセ・・・ル・・・」


「!?」



微かに右手を上げようとしているに気づき、すぐにその手を握り締めた。

そして小さな力に誘導されるまま、自分の頬にの手を当てる。


小さな手は、少し、冷たかった。



「・・・・・・好き・・・だ・・・よ・・、・・・・たとえ・・・私達に感情・・・が無くても・・・」


「俺も・・・好きだ、を愛してる!!・・・こんな気持ち始めてだ」


「この・・・気持ちは・・・・・・ちゃんと、ある・・・。あるん、だよね・・・・・・アクセル・・・」


「あぁ・・・っ、当然だろ」



嬉しそうに、微笑んでから、はゆっくりと・・・瞳を閉じた。

足元から光の粒が舞い上がり始め、の体を消滅へと誘って行く。



「キス・・・して・・ほし・・・な・・・」



その声に、俺は今まで一番優しく、一番への思いを込めて唇を重ねた。

ふわりと柔らかいの唇はいつも通りなのに、どうしてか、とても、とても儚いものだった。



「愛してる、愛してるぜ・・・。今度はノーバディーなんかじゃなく、ちゃんと心を持って生まれ変わろうな。

 そうしたら、俺、言うからな、『“心から”を愛してる』って・・・。記憶、したか・・・っ?」



小さく、小さく微笑んだが頷いた。

もしくはそうに見えただけかもしれない。





光がの全てを包み、煌めき、俺の手からキラキラとすり抜けていく。


いつも腕に抱きしめていた、心地よい重みが、どんどんと離れていく。


の身体が、手が、顔が、声が、存在が、離れていく。



消えて、しまう。




「い、嫌だ・・・、待ってくれ・・・、待ってくれ待ってくれよ・・・!!!」



悪あがきだと、わかっていた。

光をかき集めるように懸命に両手をもがかせる。

一つとして感触を得られないそれを、懸命に、懸命に。



・・・!!!!」



光は全て、の存在を持っていってしまった。

何一つ残さず、全て。







残されたのは、座り込む、俺、・・・ただ、一人。

宙を見つめ、のいない手元を見つめ、

ただ愕然と、ただ呆然と、耳が痛くなるほどの静寂に身を預けるしかなかった。






一筋、目から流れ出した滴の名を、俺が知る由も、なかった。





































お前を愛しいと思った日。



お前を手に入れた日。



一緒に笑った日。


抱き合って眠った日。












お前を失った日。













それはどれも、俺の“心”に刻まれていて、


忘れることなんてできそうにない。









なぁ、どうしてだろうな。


俺はお前と、もっとずっと、隣りにいられると




そう、思っていたんだ。

























それは思いもよらない日でした



最期はお前を失った日だなんて。

































次は俺達の再会を、祝う日。

な、そうだろ…?









−end−



2007.12.29