闇を背負わせたかったわけじゃない。
貴方を欲する、必要とする理由を、
こんなものにしたくない。
こんな私ならば、ただ
消えてしまいたい。
だから、ねぇ、
せめて貴方は幸せに。
―第四夜―
「・・・ん・・・」
フワフワとした居心地のよさに無意識に寝返りをうち、浅い眠りの中で浮かんだ微かな疑問は私を跳び上がらせるのには十分だった。
「・・・え?ここどこ!?」
「起きた?」
ガバッと勢いよく起き上がれば、目の前に広がるのは見慣れた部屋の外観と、見慣れた優雅で圧倒的なその存在。
窓際のソファに、長い足を組んで腰をかけ、その鋭い視線は読んでいただろう本から私へと真っ直ぐに向けられていた。
「枢・・・!・・あれ、どうして?」
「・・・はぁ。全く・・は相変わらずだね。夜に外で寝てるのも納得するよ」
「え?・・・!」
「思い出した?」
呆れたように溜息をついた枢は、手に持っていた本をソファの上に適当に置き、の方にゆっくりと歩き出した。
は思い出した事実に苦い顔をする。
寮を抜けたはいいけど・・・結局倒れて、それでそこを・・・
「・・・枢が、助けてくれたの、ですか」
「そういうこと」
「・・・・・」
・・・・はぁ。
また、やってしまった。
枢には迷惑をかけたくなかったのに・・・。
明らかに肩を落とし、自分と視線を合わせないの隣りにギシッと腰かけ、枢はの頭を優しく撫でた。
それに気づいたは枢に視線だけをじっと向ける。
「また、迷惑かけちゃった・・・」
「なんで?僕は迷惑と思ってないのに」
「私が嫌なの」
「・・・。それなら、が最近僕を避ける方が迷惑だな」
「! 避けてなんか・・・」
「嘘はなし」
鋭い瞳は、うっすらと怒気を放ち、私を真っ直ぐに見据えている。
それなのに私の髪を梳く指はとても優しい・・・なんという切ない矛盾。
「言え、ない・・・」
「どうして?」
「どうして、も・・・、っ!」
突然襲う、倒れるまでに起きていた眠気に加え激しい眩暈。
睡眠がとれたことによって少しはマシになっていたそれも、やはり根源では治らない、か。
「!・・・、時間がきてるんじゃ」
「か、帰る!!」
“時間”
枢の声には飛び上がるようにベットから抜け出した。
・・・だって!これで枢の手を借りたら、また同じこと。
「・・・っ!」
「!!」
ふらつく足は限界で、私は床に足を着くと同時に崩れるように倒れかけた。
・・・倒れなかったのは枢の腕のおかげ。
「、落ち着いて。どうしたの?」
「落ち着いてる・・・落ち着いて、るよっ!」
息を荒くし、ギュウッと眩暈に耐えるように瞳を閉じる。
枢の腕が私を抱き上げ、ベッドに戻したのを感じた。
「口をあけて」
「嫌・・・」
「・・・。僕は迷惑と思っていない、が離れていく方がツライ。・・・そう言ったよね」
「・・・・・・」
ゆっくりと瞳を開けば、目に映るのは切ない表情を称えた枢の姿。
胸を締め付けられるような痛みが襲う。
「・・・嫌だよ・・、枢。優しくしちゃ、駄目」
「・・・」
「それじゃ・・・私、どんどん枢に頼っちゃう。いつまでも枢は悩んじゃ」
「それで、いい」
両腕で引き寄せられるように抱きしめられ、私の言葉は途切れてしまった。
枢の表情はもう見えない。
ねぇ、
「好きだよ、」
今、貴方は、どんな表情を、しているの・・・?
「枢・・・」
「いままでと変わらなくていい。が傍にいるなら、それだけで十分だよ」
そこまで言うと、枢は爪を自分の首筋に立てた。
プツリと流れ出す深紅の液体。
「枢っ!!」
「口をあけて、。楽になるよ」
「っ・・・」
ねぇ、枢。
貴方の言葉は、私の存在をこの世に引き止めてくれる鎖だよ。
私は何なのだろう?
人間でも・・・ヴァンパイアでもなく・・・。
一人、漂う存在。
枢を苦しませる、存在。
「ごめんなさい・・・っ、枢」
―ジュルッ
枢の首筋に口を付け、溢れ出す深紅の血を、ごくりと啜る。
喉を伝う生暖かいそれは私の中をゆっくりと満たしていく。
その間、枢は私の頭に顔を寄せながら、何度も何度も優しく背中を撫でてくれていた。
優しい枢、
本当に、ごめんなさい。
純血種の血だけを糧に、君は生きている。
人間?ヴァンパイア?
・・・もうそんなことは関係ない。
僕は嬉しいよ。
君が僕を必要としてくれるのだから。
君が僕から離れていかないのならば。
ねぇ、気づかずにいて。
君を苦しめているのは、僕だよ・・・。
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